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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)558号 判決

上告人

神谷英則

上告人

水原良雄

右両名訴訟代理人

東垣内清

西本徹

西枝攻

被上告人

日本電信電話公社

右代表者総裁

真藤恒

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人東垣内清、同西本徹、同西枝攻の上告理由一及び二について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の就業規則の定めは、年次有給休暇の時季を指定すべき時期につき原則的な制限を定めたものとして合理性を有し、労働基準法三九条に違反するものではなく有効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同三について

年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件を充足することにより、法律上当然に労働者に生ずるものであつて、その具体的な権利行使にあたつても、年次有給休暇の成立要件として使用者の承認という観念を容れる余地はないものであり、労働者の特定の時季を指定した年次有給休暇の請求に対し、使用者がこれを承認し又は不承認とする旨の応答をすることは事実上存するところであるが、この場合には、右は、使用者が時季変更権を行使しないとの態度を表明したもの又は時季変更権行使の意思表示をしたものにあたると解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年(オ)第一四二〇号同四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号二一〇頁参照)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同四について

労働者の年次有給休暇の請求(時季指定)に対する使用者の時季変更権の行使が、労働者の指定した休暇期間が開始し又は経過した後にされた場合であつても、労働者の休暇の請求自体がその指定した休暇期間の始期にきわめて接近してされたため使用者において時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかつたようなときには、それが事前にされなかつたことのゆえに直ちに時季変更権の行使が不適法となるものではなく、客観的に右時季変更権を行使しうる事由が存し、かつ、その行使が遅滞なくされたものである場合には、適法な時季変更権の行使があつたものとしてその効力を認めるのが相当である。

本件についてこれをみるに、原審の適法に確定した事実によれば、上告人神谷の昭和四四年八月一八日の年次休暇については、同上告人は、当日出社せず、午前八時四〇分ごろ、電話により宿直職員を通じて、理由を述べず、同日一日分の年次休暇を請求し、同日午前九時から予定されていた勤務に就かず、これに対して、所属長である藤原課長は、事務に支障が生ずるおそれがあると判断したが、休暇を必要とする事情のいかんによつては業務に支障が生ずるおそれがある場合でも年次休暇を認めるのを妥当とする場合があると考え、同上告人から休暇を必要とする事情を聴取するため、直ちに連絡するよう電報を打つたが、午後三時ごろ、出社した同上告人が理由を明らかにすることを拒んだため、直ちに年次休暇の請求を不承認とする意思表示をしたというのであり、また、上告人水原の昭和四四年八月二〇日の年次休暇については、同上告人は、当日出社せず、午前七時三〇分ごろ、宿直職員を通じて、理由を述べず、同日の午前中二時間の年次休暇を請求し、同日午前一〇時から予定されていた勤務に就かず、これに対して、藤原課長は、事務に支障を生ずるおそれがあると判断したが、前記と同様の考えから、同日午後〇時一〇分ごろ、出社した同上告人に休暇の事由を明らかにするよう求めたところ、同上告人がこれを拒んだため、直ちに年次休暇の請求を不承認とする意思表示をしたというのである。右事実によれば、いずれの場合も、藤原課長が事前に時季変更権を行使する時間的余裕はなかつたものとみるのが相当であり、また、上告人らの前記各年次休暇の請求は、いずれも、後記のとおり、被上告人の事業の正常な運営を妨げるおそれがあつたものであるが、同課長は、それにもかかわらず、時季変更権の行使にあたつては上告人らが休暇を必要とする事情をも考慮するのが妥当であると考え、上告人らから休暇の理由を聴取するために暫時時季変更権の行使を差し控え、上告人らがこれを明らかにすることを拒んだため右のような考慮をする余地がないことが確定的となつた時点に至つてはじめて、かつ、遅滞なく時季変更権の行使をしたことが明らかであるから、いずれの場合も、本件時季変更権の行使は、休暇の始期前にされなかつたものではあるが、なお適法にされたものとしてその効力を認めるのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

同一及び五について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができ、右事実関係のもとにおいて、上告人らが請求した時季に本件各年次有給休暇を与えることは被上告人の事業の正常な運営を妨げる場合にあたるとした原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同一及び六について

原審は、その適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人らの本件各年次有給休暇の請求が就業規則等の定めに反し前々日の勤務終了時までにされなかつたため、労働協約等の定めに照らし被上告人において代行者を配置することが困難となることが予想され、被上告人の事業の正常な運営に支障を生ずるおそれがあつたところ、上告人らが就業規則等の規定どおりに請求しえなかつた事情を説明するために休暇を必要とする事情をも明らかにするならば、被上告人の側において時季変更権の行使を差し控えることもありうるところであつたのに、上告人らはその事由すら一切明らかにしなかつたのであるから、結局事業の正常な運営に支障を生ずる場合にあたるものとして時季変更権を行使されたのはやむをえないことであると判断したものであつて、所論のように、使用者が時季変更権を行使するか否かを判断するため労働者に対し休暇の利用目的を問いただすことを一般的に許容したもの、あるいはまた、労働者が休暇の利用目的を明らかにしないこと又はその明らかにした利用目的が相当でないことを使用者の時季変更権行使の理由としうることを一般的に認めたものでないことは、原判決の説示に照らし明らかである。原審の右判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判示を正解しないものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人東垣内清、同西本徹、同西枝攻の上告理由

原判決は、労働基準法三九条の解釈適用を誤り、かつ最高裁判所昭和四八年三月二日判決(昭和四一年(オ)第八四八号)に違反する。

一〜三〈省略〉

四、原判決は「本件の事情の下では時季変更権の行使は、年休請求の後においてその不承認の意思の伝達が可能となつた時点においてすみやかになせば足りる」とする。

しかしこれは時季指定権行使の要件と時季変更権の要件とを混同する誤りを犯すものである。

時季指定権の行使が、時季変更権を行使する時間的余裕をおいてなされるべきことは一審判決も、指摘するとおりであり、休暇の時季指定の効果が、使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するものであり(前掲最高裁判決)、時季変更権が、単に有給とするか否かにかかるものではなく、他の日に時季指定をするよう求めることを本質としている点からも、右のことは首肯しうるところである。

したがつて、使用者の時季変更権を行使しえないような方法等によつてする時季指定はそれ自体有効といえないとみるべきである。同時に、時季変更権の性質上、休暇後の変更権行使という観念を容れる余地はない。前掲最高裁判決の趣旨も同様の理解に立つものと考える(なお、本件各時季指定権の行使を違法とみるべき事由はない)。

そして例えば上告人水原の八月二〇日の年休請求についてみるならば同水原は同日の午前一〇時から予定されていた勤務につき、同日午前七時三〇分ごろ庄司を通じて、藤原課長に年休請求をしており、同課長は出勤した時点でこのことを承知しており、電話によつて時季変更権を行使する余裕は十分あつたのである。

かかる場合についてまで、休暇後に時季変更権を行使しうるとするのは極論的に誤りであるのみならず、実際的にも不合理である。原判決の誤りは明らかである。

五、六〈省略〉

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